織田信長 その人3[潔癖症]

  • 2020.03.22 Sunday
  • 01:01

2019年もENDに近づいてきましたが、

立て続けとは言え、今年最後の歴史モノ!

と思いきや、新年が明けてしまったので、

明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い致します!

 

なんて書いていたけど、

今月はすでに3月。

歴史モノを書くと調べるのに時間がかかる。

が、その[調べる]ことが楽しいんだけどね。

 

さてさて、

実の所、僕の好きな時代は、鎌倉・江戸時代なので、

特に織田信長に詳しいわけではないんだけれど、

できうる限り、真実に近いと思われる事実を調べだすと止まらない!

僕が【家主】の中山手 線です。

 

では早速、

またまた[織田信長]

その人を書きますね。

と言うよりも、その前に!

 

そもそも[織田信長]という人ですが、

彼が現在のようにクローズアップされて、[稀代の革命児]とか、

[改革者]とか、[秩序破壊者]とか、[稀代の英傑]とか騒がれだしたのは、

明治維新前の幕末辺りに取り上げられて、明治以降に研究され、

吉川英治氏とか、小説家が一般に広めてから騒がれだした人物なんです。

 

つまり、江戸時代の彼は、

まったくの無名人物だったわけです。

まぁ、学者さん達でないと知らない人物ってことですな。

 

では、どうして急に幕末辺りにクローズアップされたのか?と言うと、

江戸時代、徳川家康の幕府政策で、[儒教]が正式に導入され、

江戸時代も中期に差しかかった松平定信の頃、

天皇家119代[光格天皇]が幕府に対抗する為に[儒教]の秩序制度を返す刀で逆利用し、

一般大衆に尊王思想を広め、それが幕末に[尊王運動]に繫がっていくんだけれど、

幕末の尊王思想家の吉田松陰たちが、過去の歴史上人物で[勤皇の志士]を探したところ、

倒幕をした人物は、[足利尊氏][織田信長]の2名しかいなく、

その中で、[足利尊氏]は鎌倉幕府を倒したとは言え、

天皇家(南朝:後醍醐天皇)相手に戦ったからNG

[織田信長]は室町幕府を倒した上に、勤皇思想で天皇家を守護したので、

 

[織田信長]をピックアップしよう!

 

そんな理由で、[織田信長]がクローズアップされたのです。

ただ、幕末や明治維新の頃は、

勤皇の志士と言われた人々ぐらいしか知らず、

もちろん、一般大衆の方々は、

[織田信長]の名前すら知らなかったと思います。

 

そんな前提の上での話です。

 

さて、

[類まれな稀代の英雄]となってしまった織田信長ですが、

小説や物語やテレビ放映などの通説とは異なり、

事実として、

禅宗のお偉いお坊さんから英才教育を受けており、

仏教知識どころか色々な知識をかなり習得していたようです。

また、当然、常識以上の礼儀は、すべて身につけており、

何処に出ても粗相のない人物だったようです。

 

本やテレビでは、織田信長の破天荒な服装や言動がクローズアップされ、

[うつけ者]と言う言葉=織田信長的になっているけど、

別に、それは織田信長に限らず、

当時の戦国大名や武将で有名になった方々などは、

得てして、ほとんどの人物は、皆、一風変わった人物だったみたいです。

 

つまり、特に織田信長だけではないのです。

当時は、[うつけ者][かぶき(傾奇)者][ふべん(不便)者]とか、

地方によって、色々な表現があったみたい。

 

でも、

かなり変わった人っだったてことは事実!

 

さて、そんな織田信長ですが、

現代の視点から客観的にみて、

他の戦国大名と大きく違う所をピックアップしてみた場合、

1)当時の人々から見れば、異常なほど「家族や一族」を大切にする「強烈な家族愛保持者」

2)母親と引き離され、母親からの愛情を日々、確認できない境遇になってからは

  とにかく「自分の目で確認したモノ」しか信じない人物に変貌してしまった。

3)そのせいもあってか、眼に見えるモノを事実に基づいて理論的に解釈している。

  が、どんな些細なことでも、理論的に解釈できない事象などは、

  自ら幾度となく検証テストなどを実施した後、

  その結果を鑑みて理論づけしている。

4)何でも「金銭価値へ置換える」

5)物事の成立ちを含め、モノの構造等に対して、技術的理論が大好きだったようで、

  解釈できないモノは、自ら分解し、組み立てたりしているのを鑑みると、

  その思考回路は、ロジック的な考え方をしていたのではないかと思える。

 

この5要素ではないだろうか?

その上での「潔癖症」

 

特に整理整頓されていない部屋やピカピカでない廊下を見ると、

自ら整理整頓をし、かつ、廊下を拭いていたそうです。

※尾張一国支配時代ぐらいまでは、、率先と言うよりも、

 もくもくと黙って一人で掃除していたみたいです。

 

また、この潔癖症は「なぜ?物事の整理整頓ができないのか?」と

絶えず、ブツブツと独り言を言いながら怒っていたそうですが、

でも、それで人に当たりちらしたりはしなかったらしい。

 

そもそも、彼は、物心がついた頃には両親から引き離され、

養育係として、織田家家老の林秀貞や平手正秀、内藤勝介、

青山信昌などから、かなり厳しく育てられたらしく、

特に父親からは、体罰を含めスパルタ的に育てられたようです。

 

さて、織田信長が他の戦国大名と違う5要素について説明をしましょう。

これを知れば、本を読んだり、テレビで見たりした織田信長とは

まったくの別人と思えてくると思います。

 

あっ、

長くなるから、

ここから先は、次回!

 

では、寝ることとする!

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