[死]の後のプロセス[1](補足)

  • 2018.11.23 Friday
  • 00:46

寒くなると、法事の方が忙しくなる

僕が【家主】の中山手 線です。

 

僕自身も[あちらの世界へ行く時期]が迫ってきているので、

このブログを書きながら、調べながら、修正しながら、、、

まったくもって他人事ではない!と、つくづく思う次第です。

 

早速ですが、

このことは書かかずに、

次をアップしようと思っていたんだけど、

案の定、Wifeに質問されたので、

やっぱ書かないとダメだなぁ、、、と

 

でも、ある種、、、

宗教論争になっちゃうなぁ、、、と

が、僕なんて有名人などではないので、

書いちゃっても、大丈夫だろうと思いなおし、

素直に、正直に書いていきますね。

 

という事で、

前回の続きである[初・七日]に入る前に

亡くなる前提というか、、、

亡くなった時の条件を記します。

 

はい。

仏教徒であれ、他の宗教の信徒であれ、

生前に戒名(生前戒名)クリスチャンネーム等が与えられ、

かつ、自分が亡くなった[その時]に備え

日ごろ、導師より「死んだ時の心得」を教えられていると思うので、

その場合は、初・七日まで、遅い人でも二・七日目までには

自身が死んだことが自覚できる為、自覚できない人に比べ、

この再生するまでの苦しみを味わう期間は非常に短いと思われる。

 

が、神や仏、宗教などに興味のない方々は、

自身が亡くなったことを自覚できない為、

最長の七・七日目(四十九日)まで苦しむこととなる。

と言うか、苦しむ方が多いという。

 

ただ、理解して頂きたいのは、

戒名やクリスチャンネーム等という属する宗教上での名前は、

亡くなった以降の名前(あちらの世界での名前)ではないという事なのだ。

ここは現世で一番大切な文面だと思われる

もう1度、書きます。

戒名は、

あちらの世界での名前ではありません。

 

その理由としては、

密教経典に書かれているのは、

人が亡くなってから、

自身が亡くなった事を覚らせるために、

七日毎に仏が七回現れる(四十九日)のだが、

 

その時、仏たちは、亡くなった方の名前を呼ばれる。

それは亡くなる前に与えられた戒名ではなく、

クリスチャンネームでもなく、

もちろん、亡くなった後に与えられた

戒名やクリスチャンネームなどではない。

 

生前の名前である

 

つまり、戒名やクリスチャンネーム等というモノは、

どちらかの宗教に属し、亡くなった時の状態を学んだの証であり、

亡くなってから再生するまでの流れる時間や

あちらの世界での魂(気と意識)の支えになる為、

自身は亡くなったと覚ることができる!ということなのである。

つまり、苦しみ、彷徨う時間が非常に短くなるということなのだ。

 

密教経典曰く、

亡くなってから与えられる戒名は

与えられても意味はなく、

それによって輪廻からの解脱はない

また、与えられたことに起因する結果などもない

亡くなってから与えられる戒名は、

与えられていないことと同じことである。

とのことなのだ。

 

ただ、密教ではそうでも、

顕教では、

死後戒名は、

生前戒名と同等の功徳がある!

とされている。

 

同じ大乗仏教とはいえ、

密教と顕教では、

死後の世界がかなり違う。

 

密教では、地獄での[針の山]や[血の池地獄]などはない

自身の死を覚るまでの彷徨いや苦しみ、恐れの葛藤を地獄という

また、再生した時、どうして前世の意識(記憶)がないのか?も説明されている。

※前世の意識(記憶)がある人もいるとも説明されている。

 

そこは、後日、段階を踏んで記載するけれど、

同じ大乗仏教でありながら、密教と顕教の解釈には大きな隔たりがあり、

どちらも勉強するわけなんだけれど、

僕的には初段で学んだ顕教よりも、

最終段階で学ぶ密教の解釈の方が、

僕の考えにあっており、疑問点もないことから

こちらを信じております。

 

まぁ、そんなことはおいておき

大切なことは、

残された家族の方々が

三宝(仏・宝・僧)へ帰依することは、

亡くなった方への廻向となり、

非常に大きな功徳となる為

亡くなった後でも、

故人の戒名を得、

故人へ送ることは、

とっても大切なこと!

 

それと、

より重要なのは、

自身が亡くなったことを

自身で自覚すること!

 

亡くなった方が自分の死を自覚するまでは、

恐れと苦しみの時間が流れ、

七・七日目(四十九日)経っても自覚しない場合は、

七日ごとに自分が死んだことを覚らせてくれる仏も現れない。

 

亡くなった方は、

無限に続く苦しみの時間軸(無間地獄)へ再生し

自身が亡くなったことを自覚することは永遠にない

 

苦しみと恐れに彷徨い続け、

その時間軸から出ることはない。

 

その時間軸から抜け出せるチャンスがあるとすれば、

ご遺族の方々の功徳をもって

地蔵菩薩の出現を待つほかはない。

が、その地蔵菩薩が現れ、諭され、

それでも自身が亡くなった事に気づかない場合は、

その時間軸から抜け出すことはない。

 

蓮の花2_RR.jpg

戒名の件や地獄とは?などなど、

ついつい皆さんもご存じだと勝手に思ってしまい、

説明が抜けることが多いので、

本当に申し訳ないです。

こちらを先にアップすれば良かったですね。

 

 

次回は、必ず、初日(初七日)をアップします。

では、寝ることとする。

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