[死]に至るプロセス[4]

2018.10.15 Monday

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    (2)真っ白に現れた心

    粗い心である自性の分別の80の心が喪失し始めた時、

    つまり、行蘊グループの5つの要素が喪失し終わった時に、

    心には[燈明を燃やすようなもの]と呼ばれるビジョンが現出する。

    そして、自性の分別の80の心が喪失し終わった時、

    秋の夜、雲一つない中で、月光によってあまねく満たされた[虚空]のような

    とても澄み切った清浄な白いビジョンが心に現出する。

    ※虚空とは、

     何もない[空(から)の状態]をいい、

     同時に様々な(妄想)や(迷い)のない心の状態を示す。

     つまり、障害物がないから空を見ることができるという事を例えにすることによって、

     粗い分別の無い、微細な心を認識できることを象徴的に示している。

     

    これが[真っ白に現れた心]である。

    このようなビジョンが現れる縁、

    つまり、きっかけになったのは、(母の)胎内における次のようなできごとである。

    胸より上の左右の脈管のすべての[]が、

    中央脈管の上の穴から入ったことで、頭頂にある左右管の結び目がほどける。

    頭頂の左右管の結び目の位置には、脈管がたくさん集中している気円がある。

    この気円の中には、父親から得た白い体液の一部が入っている。

    この体液は、水の性質をもっていて、左右管の結び目がほどけたことで、

    高きから低きへ流れる水の性質によって中央脈管を下っていき、

    胸にある6つの結び目の上まで来る。

    その間に、心には先に述べたような光景が現れるのである。

    この[真っ白に現れた心]を別名、[顕明]あるいは[]と呼ぶのである。

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    (3)真っ赤に輝く心

    この[真っ白に現れた心]、すなわち[顕明]が喪失した時、

    [真っ赤に輝き]と呼ばれるビジョンが現出する。

    それは、雲一つない秋の晴天を太陽の光が遍く満たしたような[顕明]よりずっと清浄で、

    晴朗なビジョンといわれている。

    このようなビジョンが発生するのは、次のようなできごとによってである。

     

    まず、胸より下の左右脈管のすべての[]が

    中央脈管の下の穴(性器の先端)から入ったことで、

    性器のつけ根にある左右管の結び目がほどける。

    次に、臍(ヘソ)の位置に重要な気円があるが、

    この中には母親から得た赤い体液が存在している。

    これは火の性質をもち、左右管の結び目が解けたことにより中央脈管を上昇していって、

    胸にある6つの結び目の下にまで到達するのである。

    この間に、[真っ赤に輝く心]を別名、[顕明増輝]、あるいは[甚空]と呼ぶ。

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    (4)真っ黒に近づいた心

    [真っ赤に輝く心]が喪失したすぐ後に、

    [真っ黒に近づいた心]と呼ばれるビジョンが現出する。

    それは秋の晴天の日の黄昏時に、厚い暗黒が満ちたようなビジョンだ。

    このビジョンが発生するきっかけとなったのは、

    体内における次のようなできごとである。

     

    中央脈管の中で上からの[]と下からの[]が胸まで届いたことにより、

    胸の6つの結び目をほどいて、上からは白い体液を下ろし、

    下からは赤い体液を上に押し上げるのである。

    中央脈管の胸の位置にある気円の中には、

    [根源的な粒子(上半分は白、下半分は赤)]がある。

    この粒子に、上からの白い体液と下からの赤い体液がわずかに触れることを

    きっかけとして、前記のようなビジョンを心に現出させるのである。

    この[真っ黒に近づいた心]を[近得]、あるいは[大空]と呼ぶ。

     

    [近得]の状態は、しばらくすると消失し、一切何も心には現れない。

    卒倒した時に突然視界が閉ざされるような感覚に似た[暗黒の状態]になる。

    この時は、最後に残った[とても微細な意識]が喪失してしまったことを意味している。

    [根源的な粒子]の中にある[最も微細な意識]と[]、

    すなわち根源的な[意識]根源的な[気]と言われるもの、

    (わかりにくければ、ずっと過去から存在し、

    来世へと続いて行く[]のようなもの)が活動を開始するまで、この状態は続く。

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    (5)死の光明

    中央脈管の上下から赤と白の体液がそれぞれ[根源的な粒子]に溶け込み、

    中央脈管内に入ってきたすべての[]が、

    その中にある根源的な[]に溶け込んだ時、

    今まで眠っていた根源的な意識が覚醒する。

     

    この時には、秋の晴れた空において、

    今まで現れた月光・日光・暗黒という光明の段階の汚れた3つの縁を離れた

    [虚空]そのものの色、まさにそのような晴朗で非常に清浄なビジョンが現れる

     

    それは空性を直感的に理解した時の

    主観と客観との対立を離れた状態によく似ていて、

    認識される側と認識する側が、

    水に牛乳を混ぜて乳白色になっていく過程の色のように

    渾然一体となっていく状態であるといわれている

    このことを[死の光明]と呼び、一般的には[一切空]といわれている状態である。

     

    [死]とは、まさにこの時を言う。

     

    この光明を体験している間は、死後硬直はせず、肉体は腐ることがない。

    それは、通常、この状態で3日くらいとどまるが、

    普通の人は、このとどまる期間は、数秒であったり、3日間であったり、

    7日間であったり、それは人それぞれで異なる。

     

    時間がたち、鼻血を流し、体液が放出されると、

    この状態が終わったことを示す兆しである。

     

    しかし、病気で体力がとても衰弱した人は、

    何日たっても、この兆しが現れないことがある。

    また、高い境涯に到達した無上瑜伽の修道者は、

    [死の光明]を仏の法身に融合させることによって、

    3日間よりずっと長い間とどまるケースもあるようだ。

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    この一定期間を経た後、

    古い肉体に残されていた根源の意識とともにある[]がわずかに震える

    そして、震えることによって、その瞬間に光明は破られ、

    胸の中央脈管の中にある[根源的な粒子]は、

    白と赤の半球体を合わせた球形のものの口を開き、

    [根源的な意識]と[]は外へ出ていくのである。

    そして、その時、この古い肉体は捨てられ、

    新たに中有の身体が誕生する。

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    これ以降の中有の身体が誕生した[意識体]は、

     普通の人であれば、その習気(習慣)のせいで、輪廻の主体が浄化されず、

     次の新しい生を得るまでの49日間、この中途半端な苦しい中有の状態が続く。

     そして、次の生を模索する彷徨が終わると、最終的に次の新しい生を得て、

     次のプロセスへと転生(意識の移し変え)をすることとなる。

     

    一般的に、この段階で[]に至り、

    お通夜をはじめ葬儀が営まれ、

    そして、火葬場へと向かうわけだけど、

    実際は、この段階に至るまでの事象よりも、

    ここからの事象[中有の状態]から意識としての苦しみが始まる。

     

    が、それはタイトルの通り、

    [死に至るプロセス]ではなく、

    [死の後のプロセス]になるので、

    アップすることはやめておくこととする。

    ※仮に、叔父さんが亡くなった場合は、

     亡くなった後は、どの様なプロセスで、

     どこへ向かうのか?をWifeに伝える為にアップするかもしれないが、、、。

     

     

    では、寝ることとする。

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