動物愛護

  • 2018.03.30 Friday
  • 02:57

かなりのご無沙汰です!

昨年の12月1日より[禁酒]をしたんだけど、

お酒を飲まなければ書けないことに気づいた

僕が【家主】の中山手 線です。

 

とは言え、今日に至るまで、

色々と、ちょくちょくと、メモしていたんだけど、

完結できていないので、後日、遡ってアップする様にします!です!

 

さてさて、

ここ1カ月ほど、ワンコ達が何故か?

僕と一緒に寝たい!と言うので、

狭いベットに3人で寝ております。

因みに、Wifeは一人で自適に寝ているので羨ましい!

 

そうするうちに、[動物愛護]に関して調べだしたんだけど、

どんどん過去に遡っていき、、、、、

たどり着いたのが、

なんと、江戸時代

 

皆さん

知ってましたか?

 

この世界で、一番初めに動物愛護を掲げ!

その法律を施行した国は、

 

この日本だったのです!

 

1689年(貞亨4年)

昨今、当時は世界最大の100万都市と言われた江戸で、

動物愛護の法律[生類憐みの令]の施行開始と徹底。

数年遅れて、国内すべての都市への施行開始。

※[生類憐みの令]の大枠は下記に記載。

 

その205年後1894年

アメリカ(ニューヨーク州議会)で、

12,000人以上の人口を持つアメリカ国内都市でのみ

犬の登録を義務付ける法律可決

 

やるな! 日本!

 

とは言え、TVや雑誌で[生類憐みの令]は[最低な法令]とか、

徳川5代将軍[徳川綱吉]は馬鹿だ!とか言われているけれど、

調べてみると、、、、

 

まったく、そうではない!

 

が、文字数の関係で[徳川綱吉]名君だったことへの実証は、

後日にするとして、

 

まず、学校の教科書で教わった[まったくウソ][生類憐みの令]

とりあえず、簡単に書くけど、

なんと! 現代と変わらないし、現代よりも素晴らしい!と思える!

※[生類憐みの令]が「なぜ反対されたのか?」は後日アップする

 [徳川綱吉]のページに詳しく書きます。

 

はい。

[生類憐みの令]の施行目的は、

「社会的弱者や貧乏者を保護すること」

 

こんなこと、当時の世界のどこにも見られなかった法令だよね。

ホントにビックリです!

 

例えば、

当時の徳川綱吉の治世において、

[生類憐みの令]を根本に定められた法律を簡単に書くと、

ー里道劼龍愡

 違反者には罪科を処する。

⊃討子供を育てる財力を持たない場合は、

 親に代わって子供の世話をするのは幕府(役人)の義務であること。

 怠った役人には罪科を処する。

捨て子や子殺しを防止する為に、妊婦と7歳以下の子供の氏名の登録と

 登録者を随時監視する行政担当者(役人)の配置。

 怠った役人には罪科を処する。

じ霓や流民に対しても、幕府(役人)は食事と宿泊所の世話をしなければならない。

 怠った役人には罪科を処する。

ハ寛阿涼罎亮人に対しての福利厚生の徹底化。

 ・牢屋内部の換気の改善

 ・最低1ヶ月に5回以上は風呂にいれること

 ・冬の間は、追加の衣料の支給

Τ稿擦梁韻紡个靴討療按譴靴深茲蠶まりと処罰および旅人の保護

 怠った役人には罪科を処する。

旅人が旅の途中で病気になった場合、これまでの様に旅人を宿から追い出してはならない。

 追い出した宿の主は、相応の処罰および罪科に処する。

旅人が旅の途中で病気になった場合は、宿主は責任をもって治療を施さなければならない。

 また、死者が出た場合は、その地方の役人が埋葬の手はずを整えなければならない

 

[犬に関して]

仝い箸修了瑤ぜ腓療佻慎遡海療按

¬醂標な欷遒療按

8い魑埖圓靴深圓悗蓮△修療拗腓い砲茲蠢蟇の罪を与える

じい鮖Δ靴深圓六犧

 

動物愛護がうたわれている今の日本だと

違和感を感じるどころか、

 

当たり前じゃん!

 

なんて思えるけれど、

以前の日本人だと、???ってなるだろうね。

 

まぁ、上記は[犬]に関してのみPickupして書いたけど、

[生類憐みの令]は、犬だけではなく、猫も、馬や牛も、虫も、、

つまり、生きとし生ける[命]に関し、

徹底した養護の法律だった。

 

そんなこと誰も知らないぜ!

だって、学校でも教えてくれないもん!

 

だよね。

[生類憐みの令]を施行した馬鹿な将軍ってぐらいしか

教えてくれないよね!

 

でもね。

徳川綱吉さんが将軍になる前を調べると、

まだ戦国時代の考え方というか、常識が残っていて、

人の命や生き物の命の重さなんて、

とってもとっても軽いんだよね。

 

って言うのは、

武士だけではないんだけれど、

人が人を平気で殺しているんだよね。

 

武士の記録を見てみると、、

ゝなが悪いと言う理由で殺した。

⇒Э佑鵬寡造噺世錣譴燭ら2人殺して見せた。

5なが優れずに、本日、非人を3人斬って候。

ず鯑は4人殺したけど、今日は疲れたから2人にとどめた。

タ名で遊びに行って、誰が一番多く殺せるのか試した。

Π貘静瓩濃Δ擦襪里話なのかを競った。

無抵抗とは言え、[人]だと[刀の刃こぼれが激しい]ので、

 違う生き物を標的にしたところ、[猫]だと逃げ足が速いし、

 歯向かってくる[犬]を標的にした。

※現代では考えられないが、それが彼らの常識だったようです。

 

という事で、

当時の江戸の町は、人の死骸も多いいが、特に犬の死骸が多く、

かつ、放置された状態のままだったらしい。

※僕は、宗派関係なく、寺内のお墓を見て回る癖があるんだけれど、

 どうりで江戸時代、それも5代将軍である徳川綱吉さん以降の時代のお墓が多いはずだよ。

 過去に一般の方のお墓で、4代将軍徳川家綱さん時代のお墓なんて1基しかみたことがない。

 放置された人の亡骸は、近くの森や山に埋められたんだろうね。

 手厚く埋葬されだしたのは、徳川綱吉さんの[生類憐みの令]以降なのだ!

 

あっ、話がそれてしまった。

それでね。

徳川綱吉さんは、[生類憐みの令]を施行し、

当時の武士や百姓に至るまでの皆に、

[命の尊さ]を教えたとしか思えない。

 

特に武士に対しては、

[犬]を標的に殺生するもんだから

[犬]をピックアップして愛護したんだと思う。

彼が[戌年生まれ]だから[犬]を愛護したのではないらしい。

 

それは、今まで[人]や[犬]を殺していた武士が、

[生類憐みの令]で、とりあえず、[人]は解った!

けど、[犬]もかよぉ!と[犬]も殺せなくなったので、

綱吉が戌年生まれだから犬を愛護してるんだ!とこじ付けただけ。

 

徳川綱吉の[生類憐みの令]の目的は

あくまでも、

「社会的弱者や貧乏者を保護すること」

それは記録にも記載されている事実。

でも、歴史家は、こんな一番大切なコンセプトは教えてくれない!

 

なぜなんだ!

 

 

では、寝ることとする。

 

あっ、これからも宜しくお願い致します!

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